翻訳と世論

翻訳をする際に、その国の世論や状況をしらなければ、翻訳した際に少し矛盾した文章になってしまう事もあるのです。

例えば、「私は総理大臣が2年で辞任した事に驚いた」と言った文章があったとして、これは、日本においては総理大臣がころころ変わってしまう事は、日本人であれば、ほぼ知っている事ですので、「あの総理大臣が2年ももった事に驚いた」と言った場合もありますし、何かしらの他の理由で驚いた場合を考えつくと思いますが、それらを知らない外国人が、翻訳した場合は、一国のトップがたった2年で辞任する事に驚くでしょうし、「私は、たった2年で総理が辞任してしまった事に驚いた」と翻訳してしまうのではないでしょうか。

逆に、日本人ならば、昨今では国も裕福であり、毎日食事している事が当たり前だと考えてしまいがちですが、国によっては、一日に一食を食べられるだけでも恵まれている場合もあり、「今日は昼に食事をとった」とあった場合、作者が、「今日は昼に食事を取る事が出来た」と言う意味で書いていたとしても、翻訳家や翻訳会社が、「今日は朝食も晩飯も、食べる事が出来なかった」と翻訳してしまう事もあるかもしれません。

この様に、国によってその特徴や、世論もありますので、翻訳家や翻訳会社は、その国の言語だけを知っていれば、翻訳を出来ると言う事ではないので、翻訳する際には、その国の現状や世論を知る事も必要となるはずです。

翻訳と許される範囲

翻訳家や翻訳会社は、翻訳をする際に直訳だけではなく、比喩を使ったり、表現を崩して翻訳する事があり、それらは、翻訳する際に必要な事だと思われています。

あまりに直訳ばかりしていると、多彩な表現を必要とする小説などでは、味の無い淡々とした、文章になってしまう恐れもあるのです。

その為、翻訳家や翻訳会社は、表現を崩せる範囲を決め、どこまでが許されるかの判断が必要となってくるのです。

例えば、「彼女は美人ではなかった」と言った文章があるのならば、比喩の使い方や、表現の崩し方も様々にあると思います。

私の個人の見解では、「彼女は人に好まれる容姿をしていなかった」とか、「彼女は、一般的に好まれる、高い鼻や大きな瞳を持ち合わせおらず、その様な意味では美人とは言えなかった」と言った位の、比喩や表現の崩し方は許される範囲だと思いますが、「彼女の容姿は酷く醜く、直視出来るものではなかった」とか、実際に上記の例文を翻訳したもので見たことあるのですが、「彼女の顔は下駄の様だ」の様な表現はやり過ぎではないかと思います。

どのあたりが、翻訳として許される範囲なのかは決められておらず、ボーダーラインは翻訳家や翻訳会社で決めるしかないので、やり過ぎた翻訳には注意が必要と言えるでしょう。