翻訳と比喩の勘違い
文章を作る事において、比喩は必ず使う表現と言っていいと思います。
小説などで、比喩を一度も使っていないものなどは存在しないのではないでしょうか。
そして、翻訳家や翻訳会社は、比喩を翻訳する際には勘違いをしないように気をつけた方が良いでしょう。
比喩には直喩と隠喩がありますが、直喩とは文章内に比喩である事を認めている比喩の事を指し、隠喩とは、比喩である事をはっきりと示していない比喩の事を言います。
翻訳する際に直喩であれば、然程気をつけなくても大丈夫かもしれませんが、隠喩の場合は、気をつけていても勘違いしてしまいがちです。
例えば、「彼女に真珠の目で見つめられた」とあれば、普通であれば隠喩だと思うでしょうが、ファンタジーな小説ではあり得る事ですし、「鉄の腕で相手に殴りかかった」とあると、隠喩なのか、何か鉄の銅像の腕で殴ったと言う事なのか、混乱してきてしまいます。
困ったときには直接翻訳してしまえば良いと考える事もできますが、本当に読みやすい話は、比喩ならば比喩と分かる様な文章に翻訳するのが親切と言うものです。
比喩でないならば、「彼女の真珠に見まがう目で見つめられた」や「折れた銅像の腕をつかみ、相手に殴りかかった」と表現した方が分かりやいでしょうし、比喩であるならば、「不思議な事に彼女の瞳は真珠で出来ており、私の事を見つめていた」や「私の特徴である鉄の腕で、相手に殴りかかった」と言う方が断然読みやすいのではないでしょうか。
翻訳と表情
人間の表情とは様々であり、それらを文章だけで表現しる事は大変難しいですが小説などでは、表現しなければいけない場面もあります。
そして、それらを翻訳する際も、翻訳家や翻訳会社は気をつけなければいけない事もあります。
微妙な表情描写では、「彼は、真面目な目をして笑っていた」とあったならば、いわゆる目が笑っていないと言った状態でしょうが、それは、前後の文章で彼がどの様な心境でその表情なのか、心情が読み取れるはずですので、その心情にあわせて、翻訳するとよいと思います。
彼が怒っているのならば、「彼は、笑ってはいたが、瞳には怒りが宿っていた」とか、悲しんでいるならば、「彼の悲しみは深く、表情は笑う事を許しても、瞳は曇らせたままであった」などと翻訳すれば、読者側も、どの様な表情であるか、想像する事が出来るのではないでしょうか。